父親と焼き鳥屋に行って、色々と話をした。前聞いたよそれ、と言ったり、やっぱり父さんのころから世代論って(本質)変わんないよね、とか、福岡って容赦ない土地だよね、とか言ったりした。それに対する返答はちゃんと覚えている。息子と酒が飲めるとはなあ、と父親は言った。その背後には家族しか知らない様々な困難があった。そして知る以上のことがたくさんあった。回り道をした。きっと長い回り道だった。まだその途中ではあるけれども、何かが終わりを迎えつつあった。それは確かだと思う。
とはいえ、父親のペースに乗せられて熱燗を飲んでいると、さすがに酔っ払った。(理性はあったが身体の動体感度が明らかに倍加していた。)甘露、甘露、と殿様が言うだろう。老人は甘い酒を好むんだ。若い頃は辛い酒を好むがね。叔父さんは熱燗が好きだった……云々。
そして会計の段になった。私は咄嗟に、財布を出そうとした。良い良い、と父は言った。ある種の罪悪感から私は払おうと思ったのだが、さすがに顔を立てるべきと思って財布を収めた。会計額は相当なものだったが、それでも父は払ってくれた。ふと、お金で手に入るのは自分で手に入れられないものだ、という佐藤究の言葉を思い出した。交換できないものは価格がつき、交換できるものは価格がつかない。ひとはかけがえのないものにこそ金を払うんだ。私は自分の教育に投じられた金に罪悪感のようなものを最近感じていた。だが、その金はかけがえのないもののために払われたのだった。私は初めから一人の人間として認められていたのだ。(でなければ金を払いはすまい。)私は、父と一緒に焼き鳥屋を出た。そして父に導かれるようにして大通りへ出た。歩いて帰るか、と父は言った。私は、そうだね、と言った。一緒に帰ろう。